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2011.01.18

元へ 〜二分の一成人式〜

去年、次男に送った。手紙です。忘れないうちに・・

元へ

二分の一成人式、おめでとう。この手紙ではとおさんの10歳のときのことを紹介します。

とおさんは10歳のとき、千葉県市川市というところに住んでいました。残念ながら元が生まれる前に死んでしまったじいちゃん、そしてグランマ、兄弟である健兄、博くんと一緒に暮らしていました。かんたには厳しいとおさんですが、実は4年生の時はあまり勉強ができませんでした。スポーツも得意というほどではありませんでした。

それでも4年生の時に一生懸命やったのは野球でした。クラスで野球チームを作り、他のクラスのチームと毎日のように試合をしていました。とおさんのクラスは4組、となりの5組のチームとは何十回も試合をしましたが、負けたは1~2度だったような気がします。強いのがクラスみんなの自慢でした。試合には出してもらえなかったけど、近所の野球チームにも健兄と一緒にはいり、球拾い、ノック、など、がんばりました。

毎日学校から帰ってくると、すぐに外に飛び出し、夕方までずっと野球やメンコ、木登り、泥棒と警察などの遊びをしていました。(元にも、もう少し外で遊んでほしいなあ・・)

じいちゃんは仕事の関係で、あまり家には帰ってこれませんでした。帰ってくるのは月に1~2度、その時はケーキやら、おもちゃやらおみやげをたくさん買って帰ってきてくれました。そして、帰ってくると、じいちゃんはとおさんたちを連れ出して、キャッチボールをしました。とてもうれしかった、楽しかった。健兄たちも同じようにうれしかったと思います。

そんなじいちゃんだったけど、その当時のとおさんの一番怖いものも怒ったじいちゃんでした。怒るとすぐに飲んでいるコップが飛んできました・・。あたると本当に痛いです。投げ飛ばされて、けがをしたこともありました。また、今もそうですが、グランマはとても優しかった。そして、きれいでした。友達から、ほめられるとうれしかったことを覚えています。

じいちゃんはワンピースにでてくるガープみたいな人、いわゆる「がんこおやじ」だったので、あまり言葉には出してはくれませんでした。でも、とおさんが大人になってみると、その気持ちがよくわかるようになりました。

とおさんは人間は誰かに見てもらっていないと頑張れないと思っています。とおさんはじいちゃんやグランマが見ていてくれたから頑張れました。死んだじいちゃんも、グランマもとおさんたちのことをとても大切に、愛してくれていました。健兄、とおさん、そして博くんは、彼らのまさに「宝」でした。

とおさんの宝は「元」と「幹太」です。

元が生まれてから一緒に過ごしたこの10年が大切です。
元と生きている現在(いま)がとても愛しいです。

元がどんな5年生になるか?元がどんな中学生になるか?元がどんな高校生になるか?
元がどんな大学生になるか?元がどんな男になるか?元がどんな大人になるか?そして元はどんなお父さんになるのか?

元の未来がとても楽しみです。

最後にもう一度、二分の一成人式、おめでとう。

2010年2月6日 とおさんより

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コメント

結構面白い話でしたよね。

投稿: こどものおもちゃ同人誌 | 2011.01.18 10:17

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