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2006.09.02

対談イベント「シリコンバレーのビジネス風土とオープンソースの思想」に参加して

ひさしぶりにITビジネスに関する投稿となります。

昨日、対談イベント「シリコンバレーのビジネス風土とオープンソースの思想」に参加した。すでに、Youtubeに映像や内容については、各種報告がでているだろうが、先入観なしとするため、それを一切読まずに対談者である梅田氏と吉岡氏の言葉でよかったところや気になった部分に対してコメントしてみたい。

「今だにオープンソースが一番おもしろい、そしてまったくわからない」(梅田氏)

これにはまったくアグリー。ロングテールだ、Web2.0だ、 フィードないろんなはやり言葉があるが、僕もこれは本当によくわかない。わからないが影響力ははかりしれない。 ロングテールやWeb2.0は数年後には誰も言わなくなるかも知れないが、オープンソースは別であろう。

「たかがシリコンバレー、されどシリコンバレー」(梅田氏)

梅田氏がよく使うフレーズ。たぶんわかる人にはわかるが、 わかる人にはわからない。シリコンバレーのある一定時期の熱風を体験していないとわからないのではないだろうか? 僕がシリコンバレーで生活した2004~2005年はもうそういう時期ではないから、本当のところ実は僕もわからない。 そのにおいのする人には会いはしたが。。

「面白いものは人間がつくる。野球のソフトウェアも同じ」(吉岡氏)

人間誰しもできるなら「面白い」仕事がしたい。 オープンソースの世界で貢献している(ソースを書く)人たちは「面白い」からやっているんだろうなと思う。 そういう意味ではオープンソースの世界は草野球の世界に似ているのかもしれない。

「タレントを無駄使いしてはいけない」(吉岡氏)
「グーグルの中はオープンソースの開発組織に似ている」(梅田氏)

人がのびのびできる環境を作れば、人やチームの「生産性」 は最大になるということ。グーグルは純粋ば組織を集めて培養された大きなビーカーなのだなと感じた。日本ではグーグルみたいなことを 「はてな」がやりかけているのかもしれないが、すべての組織がそれを目指したら大変なことになる。また、 日本のグーグルが本家アメリカのように成功していないことを考えると日本はやはり特殊なのかもしれない。

ネットスケープのオープンソース公開は衝撃的だった。(吉岡氏)
ライセンス販売でしか商売できないと思っていた。(吉岡氏)

当時はニュースとしては知っていたが、僕には意味がよくわからなかった。 吉岡氏のようなプロフェッショナル・プログラマーにはそう見えたらしい。

オープンソースははじまってわずか8年。わかったつもりになるとあぶない。 物理現象として理解すべき。(吉岡氏)

世の中にはわからないものがある。 現象を論理として説明できないということだろう。アダムスミスを真っ向から否定する内容だけど、こういう指摘はよく理解できる。

オープンソースの歴史の意味 相当普遍的なもの(吉岡氏)
善意の総和は悪意の総和より大きい(吉岡氏)

これは多分正しい認識だと思う。通常の現実の世界は国(国境)や民族、 物理的な遠さが善意の総和をやりにくくしている。しかし、ネットの上に存在するオープンソースのコミュニティ (梅田氏は組j織と言っていた)には、それがない(薄い)ので、善意の総和が可能なのだろう。

まとめ
梅田氏のお話は、従来の主張どおりのもので、彼の本やブログを読んだ人にとって、あまり新しい話はなかったのではないだろうか。はてなの近藤氏の渡米に関するエピソードは面白かった。 むしろ、僕が感銘を受けたのは吉岡氏の話である。自分の「やりたいこと」、「できること」に加えて、「やらなくてはいけないこと」という使命感がしっかりあることに正直感動した。ああいう人がいるから、この業界はまだまだ面白いと思う。

またオープンソースをビジネスとするのでは、現在は株式会社ではなくNPO法人としてやるのが、 コミュニティにもっとも同意を得られるやり方かもしれないと思った。

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